The link at the date of the calendar is an entry.
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
3.11から一年 被災地の今、そして これかから。
2012-04-25 Wed 18:46
ただいまです。


約2週間の東北、そしてボランティア。




震災後とかに関わらず
東北は初めてだった。


向かったのは宮城県 石巻市。

4月だというのに東北の地は
暖房器具や防寒着が手放せなかった。



3.11から約1年。
ニュースでは「復興」や「再開」とか
聞くようになったけど、
今の人々の暮らし、生活、環境。
そして、これから.....
実際はどんななんだろう。

"知る"ことは大事だけど
安易な気持ちじゃ行けないし
やっぱりそういう意味では不安もあった。


だけど、そんな不安をかき消してくれたのは
やはり「人」だった。


行ったボランティア先は、
家族で漁業をしている方のお家。
今は、ちょうどワカメの収穫時期。
私達は、箱詰めや袋詰めの
お手伝いをさせてもらった。


震災での被害により漁業再開には
大変な苦労があったようだ。
だけど、ご家族の皆さんは
そんなことは 微塵も感じさせない笑顔と
あたたかさで 私たちを迎えてくれた。
おかげで、私たちも楽しく作業することができた。
(↑こう言ってしまうと軽く聞こえてしまうけど....)




期間中、自転車で被災者のお宅を訪問して回ることがあった。
石巻駅近辺は、ここがあのニュースでやってた石巻?
と思うくらい落ち着いていた。
だが、少し海側へ出ると 景色は一変する。

海から、工場と道を挟んで民家があったであろう地域は
どこへいってしまったのか。
一年経って瓦礫は片付けられているが、
等間隔に並んだ電信柱がぽつぽつとあるだけで
一面ただただ何もない。

おばあちゃんが語る戦後の"焼け野原"はこんな感じなんかな...。
気持ち良く晴れた空の下、静かにぽかんとひとり。
何とも言えない気持ちになった。

もう少し陸側へ行くと、建物は残ってるが1階部分は完全に浸水。
かろうじて残った2階で生活している方もいてるようだった。
でも、それって想像を超えて本当に大変なことだと思う。
その1階と2階のギャップ。
そこには、人々の明るい暮らしがあったんだなって。
でも、ホント一瞬のうちにこんなになってしまって。

壁やドアがなく 向こう側が筒抜けの家々、
足の踏み場もない散らかったリビング、
窓から泥で汚れたカーテンがなびいてる様....

あの日、私が見た光景。...言葉にできない。
テレビの中だけの世界じゃなかった。
やっと実感したが、現実味がない。

でも、これが現実。
みんな、この現実と向かい合って生きている。
生きていこうとしている。


「助かってよかった」

本当によかった。
命あっての人生だからね。
だけど、そこからまた生活していかなきゃならない。
住むところ、仕事、財産....

行政は失ったものすべてをまかなってくれる?
一生を支援してくれる?

..................

私達も決して他人事ではない。
地震大国 日本。
地震でなくても自然災害は恐い、事故や病気だってそう。
いつどこで何が起こるか。
その時、自分は何をしていて、そこからどう動く?



数日間ではあったけど、今回このタイミングで
ボランティアに参加できて本当によかったと思う。


南に行っても、北に行っても
やっぱり"人"はあたたかかった。

今回、たくさんの方々にお世話になりました。
この場をかりてもう一度 お礼を言わせていただきます。
本当に ありがとうございました。


この長い文章を読んでくれた皆さま、ありがとうございます。
このブログ上では、書き出せない程の想い、感じたことたくさんあります。
それを伝えていくことも、ボランティアの延長線上にあると思います。

ぜひ、シェア会いたしましょう。
ブログコメントやfacebookメッセージ待ってます。


復興はまだまだこれからです。
スポンサーサイト
別窓 | 未分類 | コメント:1 | トラックバック:1
| 南風のお便り | NEXT>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。